大学入試小論文の添削指導(指導者向け)

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ごきげんよう。お湯です。

 

今回は「指導者向け」の「大学入試小論文の添削指導」のやり方について、私自身の考えを書いてみます。

 

 

今回想定するのは、次のような生徒です。

  • 地方都市に位置する、偏差値で切ると2番手くらいに位置する公立高校の三年生
  • 河合塾での偏差値55の文系私立大学の指定校推薦合格を目指している
  • 素行は悪くないが、特段意識が高いわけでもなく、3か月程度で小論文の対策をしたと考えている
  • これまで文章を書いた経験は中学校までの「読書感想文」程度で、小論文の指導を継続的に受けたことはない。

 

では参りましょう。

添削をしてほしいと生徒がやってきます。早い生徒で夏休みより前くらいでしょう。

 

今回想定する生徒に対しては、初っ端にこれくらいの問題を出してみます。

 

経済格差、地域格差、男女格差など、日本だけでなく世界各地で格差社会が社会問題となっています。格差社会の具体的な事例を1つ挙げつつ、格差社会の解決策についてのあなたの考えを800字以内で述べなさい。

昭和女子大学人間社会学部現代教養学科)

 文章を書いたことのない生徒にはかなりしんどい問題ですよね。それでも「最初に」この程度の問題は出します。この問題を選んだ理由は次の通りです。

  1. 実際の入試問題を見てもらって、小論文は甘くないことを知ってもらう
  2. 1.と同時に、小論文の入試問題のイメージをもってもらう
  3. 生徒が現状でどの程度まで設問を読解し、文章を書けるかがわかるようにする

もちろん、「あなたが大学でがんばりたいこと」のような簡単な問題から始めることもできます。しかし、小論文指導は得てして「短期決戦」になるものです。そのため、到達点を示し、このままではマズい、と生徒に気付いてもらうことがファーストステップだと考えています。

 

また、設問がざっくりとしたテーマ型でないのもポイントです。「Aについて述べよ」のような設問は、一見考えやすそうですが、何を書けばいいのかわからないことが多いです。今回の昭和女子大の問題のように、「Aという現状を踏まえ、Bという具体例を1つ挙げつつ、Cについての考えを述べなさい」といった、ある程度レールが引かれた問題を出すことにより、生徒がどの程度設問を理解できるか、そして文章を書けるかを知ることができます

 

さて、上記の昭和女子大の問題を書いてもらうと、概ね次のような答案がかえってきます。

 私は、経済格差、地域格差、男女格差など、日本だけでなく世界各地で格差社会が社会問題となっています。日本では貧富の格差が広がりすぎていると思います。

 私は××県で生まれ育ちましたが、アメリカでは大富豪の人がたくさんいて、お金をいっぱいもっているとニュースで聞きました。アメリカではお金持ちが国の中のお金のほとんどをもっていると聞きました。アメリカはお金をもっている人ともっていない人との差が大きすぎるから、もしもアメリカが不況になれば、貧しい人が困ることが考えられるので、それでは大変なことになってしまい、世界中が格差社会だから、日本も大変なことになってしまう。

 これは大変なことなので、なんとかしなければならない。しかし、この格差は仕方のないことだ。だって、能力のない人が仕事を得られないのは当たり前だし、能力のある人がたくさん仕事をして稼ぐのが世の中では当たり前だからです。

 この格差を解決しようとしたら、私たちはいっぱい努力をする。それはとても大変だから、人それぞれががんばらないといけないし、政府がなんとかしないといけないと思います。ではどのようにがんばるのかというと、みんなが自分のもっているものを周りの人に分け与えて、シェアする。それに、政府がお金を何枚も印刷して、貧しい人たちにどんどん配ればいいと思います。そうすることによって、世の中がよくなると思います。

 私は、××大学で勉強をする上で、いろんなことを学んでいきたいと思います。そのためには、図書館でいっぱい勉強して、知識を蓄えることが必要です。そうすれば、格差問題のための解決策だ。かの有名な明治の人物である福沢諭吉はこういった。「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。」私も、福沢諭吉のような人物になりたいと思います。

 格差社会は社会全体の問題なので、社会が一丸となって取り組む必要があると思います。(794字)

みなさんは、この答案が提出されたら、どのような対応をとりますか。

たとえば、次のように添削をして返すことも可能です。

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 はい、真っ赤ですね。もちろん、ツッコミどころはたくさんあるので、このくらいの朱を入れることは可能です。しかし、この添削を受けた生徒は、最悪の場合、二度と答案を持ってくることはないかもしれません。心が折れてしまうからです。指導者としてこの答案をもってきてもらったときにかけたいのは、「よく書いてきてくれたね、がんばった!」というねぎらいの言葉だと思います。そもそも生徒はこれまでにまとまった量の文章を書いたことがあまりないので、できなくて当然なのです。答案をなんとか書き上げたことに敬意を示した方がいいのではないでしょうか。

 ただ、これでは合格点には遠いので、ねぎらうだけでは指導になりません。私だったら、発問をしてみます。

「どういう風に考えて、結局、何が言いたかったの?」

 これへの答えに応じて、対応が変わってきます。

「何を書いたらいいのかわからなかった」

 この場合は、次のような発問を飛ばしてみます。

「知識がなかったの?それとも書き方がわからなかったの?」

 これに対して、「知識がなかった/格差問題のことは考えたことがなかった」という答えであれば、まずは知識の仕込みです。基本的には、高校の公民の教科書レベルのことを簡単にまとめた参考書をおススメしていきます。今回は、知識の仕込みが終わったことを前提にします。

「これこれこういうことが言いたかったが、どう書いたらいいのかわからなかった」

知識が頭の中に入っていれば、このような答えになるはずです。とすると、次の発問に移ります。

「問題文が何を聞きたかったのかはわかってた?」

本問が聞きたかったのは、次の3点です。

  1. 格差社会」の現状についての認識
  2. 具体的な事例を1つ
  3. 格差社会の解決策

 これらがわからなければ、合格答案にはたどり着けないでしょう。ですから、これら3つの点を認識していたかを聞いてみます。

 そして、問題文が誘導していたことに気付いていなければ、上記の3点を伝えます。今回の答案ですと、これらを認識してなかったのは明らかです。したがって、ここまで伝えてから、書き直しをしてもらいます。

 このとき、具体的な添削(朱を入れること)は「ゼロ」にします。先に述べた通り、すべてに朱を入れると生徒がくじけてしまいます。また、文法上のミスや論理構成上のミス、アイデアの欠落など、答案における問題点が分散してしまい、結局何をどう直せばいいのかわからなくなってしまうからです。

 ですから、問題文の誘導だけを伝えて、朱を入れずに書き直しをしてもらいます。2回目の答案は、概ね次のようになるでしょう。

 世界各地で格差社会が社会問題となっています。

 私は××県で生まれ育ちましたが、アメリカでは大富豪の人がたくさんいて、お金をいっぱいもっているとニュースで聞きました。アメリカではお金持ちが国の中のお金のほとんどをもっていると聞きました。アメリカはお金をもっている人ともっていない人との差が大きすぎるから、もしもアメリカが不況になれば、貧しい人が困ることが考えられるので、それでは大変なことになってしまい、世界中が格差社会だから、日本も大変なことになってしまう。

 具体例として、先進国と発展途上国との間の経済格差だ。アフリカやアジアでは貧しい生活に苦しむ人々が数多くいる。その一方で、アメリカなどの欧米諸国は富裕層が多くいます。この格差が大きくなっていくと、生活が苦しくなる人々が多くなり、社会に対する不満がたまってしまう。これは大変なことなので、なんとかしなければならない。

 この格差を解決しようとしたら、私たちはいっぱい努力をする。それはとても大変だから、人それぞれががんばらないといけないし、政府がなんとかしないといけないと思います。ではどのようにがんばるのかというと、みんなが自分のもっているものを周りの人に分け与えて、シェアする。それに、政府がお金を何枚も印刷して、貧しい人たちにどんどん配ればいいと思います。そうすることによって、世の中がよくなると思います。

 私は、××大学で勉強をする上で、いろんなことを学んでいきたいと思います。そのためには、図書館でいっぱい勉強して、知識を蓄えることが必要です。そうすれば、格差問題のための解決策だ。かの有名な明治の人物である福沢諭吉はこういった。「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。」私も、福沢諭吉のような人物になりたいと思います。

 格差社会は社会全体の問題なので、社会が一丸となって取り組む必要があると思います。(781字)

少しだけ形が整ってきました。ただ、それでも不十分な点は数多くありますね。このときには2つのアプローチがあると思います。1つは、「削るアプローチ」です。具体的には次のような添削をします。

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つまり、「~は書かない」、「~は不要」などといった、「いらないものを削っていく」アプローチです。これも有効な場面がありますが、まだ早いでしょう。そもそもこの生徒は知識をアウトプットする段階で躓いているからです。「削る」アプローチが有効なのは、書きたいことが多すぎて困るときだけです。ですから、もう一つの「加える」アプローチをしていきます。具体的には次のように行います。

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このように、答案上の「曖昧な部分」に適宜質問を入れていくアプローチです。次のような質問を入れてみます。

  • 具体的にはどうするのか?
  • 実際は誰が実行するのか?
  • 何か具体例はないか?
  • その問題がおこると結果としてどうなるか?
  • その問題の背景にはどのようなものがあるか?
  • その問題が「問題」なのはなぜか?

このように、生徒の中ではっきりしていないことに質問を入れて、イメージを膨らませてもらいます。そうすることにより、「何を」「どのように」書けば答案用紙が埋まっていくかがわかってきます。また、この段階でもまだ論理性や「てにをは」、「文末の統一」には触れません。答案を書く際のイメージをもってもらうことが先決です。同時に、添削だけでなく、生徒と個別に話す中で、「こういうことも考えられるのではないか?」とヒントを指し示すことや、「課題を解決するためにはどうしようか?」といったディスカッションをすることも重要だと考えます。ここが指導する側の腕の見せ所です。なお、「ここはいい!」というようにほめていくことも大事です

この段階を経ると、次のような答案になると思います。

 世界各地で格差社会が社会問題となっています。世界規模では南北問題と呼ばれる先進国と発展途上国との経済格差、また南南問題と呼ばれる発展途上国間での経済格差もあります。

 日本のような先進国の中でも、貧富の差は増大しています。アメリカではお金持ちが国の中のお金のほとんどをもっていると聞きました。アメリカはお金をもっている人ともっていない人との差が大きすぎるから、もしもアメリカが不況になれば、貧しい人が困ることが考えられるので、それでは大変なことになってしまい、世界中が格差社会だから、日本も大変なことになってしまう。

 具体例として、先進国と発展途上国との間の経済格差だ。アフリカやアジアでは貧しい生活に苦しむ人々が数多くいる。その一方で、アメリカなどの欧米諸国は富裕層が多くいます。この格差が大きくなっていくと、生活が苦しくなる人々が多くなり、社会に対する不満がたまってしまう。社会に対する不満が高まると、政府を転覆するような反社会的な動きにつながったり、他の国との対立が戦争を起こしたりする。これは大変なことなので、なんとかしなければならない。

 この格差を解決しようとしたら、国家と国家の間での協調や支援が必要だ。それはとても大変だから、人それぞれががんばらないといけないし、政府がなんとかしないといけないと思います。ではどのようにがんばるのかというと、みんなが自分のもっているものを周りの人に分け与えて、シェアする。それに、政府がお金を何枚も印刷して、貧しい国にどんどん配ればいいと思います。

 具体的には、社会インフラの整備を支援したり、貿易上の関税障壁をなくしていくことが必要です。そうすることによって、世界の格差が小さくなり、それぞれの国家が安定するようになると思います。そうすれば、世界の格差問題が解決されるのではないだろうか。(764字)

ようやく3回目でかなり整ってきました。この答案では、「私が××大学でがんばりたいこと」や「福沢諭吉の名言」が消えていますね。「加える」アプローチをすることにより、必要な部分に字数を割くことになり、結果的に余分な事柄が抜けていきます。その感覚を自然と覚えていくことが大切です。次に行うアプローチは、「論理性」の観点から行います。具体的には、次のように添削します。

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 このように、論理的に考えて不自然と思われることを指摘していきます。本答案では、先進国の話をしているのにアメリカだけを出すのは視野が狭すぎるということや、国家間協調の話をしているのに「個人が頑張る」というのは話がずれるということをコメントします。要するに、読み手にとって疑問に思われるようなことをつぶしていく段階です。これを経ると、次のような答案ができあがります。

 世界各地で格差社会が社会問題となっています。世界規模では南北問題と呼ばれる先進国と発展途上国との経済格差、また南南問題と呼ばれる発展途上国間での経済格差もあります。日本のような先進国の中でも、貧富の差は増大しています。

 アメリカやヨーロッパ諸国などの欧米ではお金持ちが国の中のお金のほとんどをもっていると聞きました。このような国々ではお金をもっている人ともっていない人との差が大きすぎるから、もしも先進国が不況になれば、貧しい人が困ることが考えられるので、それでは大変なことになってしまう。世界が密接につながっているのが現代社会なので、日本を含めた世界各国も大変なことになってしまう。

 格差の具体例として、先進国と発展途上国との間の経済格差だ。アフリカやアジアでは貧しい生活に苦しむ人々が数多くいる。その一方で、アメリカなどの欧米諸国は富裕層が多くいます。この格差が大きくなっていくと、生活が苦しくなる人々が多くなり、社会に対する不満がたまってしまう。社会に対する不満が高まると、政府を転覆するような反社会的な動きにつながったり、他の国との対立が戦争を起こしたりする。これは大変なことなので、なんとかしなければならない。

 この格差を解決しようとしたら、国家と国家の間での協調や支援が必要だ。それはとても大変だから、それぞれの国の政府がリーダーシップをとっていくことが必要だと思います。ではどのようにがんばるのかというと、先進国の政府が、貧しい国にどんどん支援をすればいいと思います。具体的には、社会インフラの整備を支援したり、貿易上の関税障壁をなくしていくことが必要です。そうすることによって、世界の格差が小さくなり、それぞれの国家が安定するようになると思います。

 これにより、世界経済が安定するので、先進国も恩恵を受けることになる。そうすれば、世界の格差問題が解決されるのではないだろうか。(792字)

ここまでくれば、合格答案に近くなってきますよね。あとは、主述のねじれや語尾の調整、「てにをは」の指導をすればいいだけです。このプロセスを経ることで、生徒は実際の問題のイメージがわき、問題文の整備した誘導に乗り、曖昧な部分を具体化することによる文字数の膨らませ方が身をもってわかってきます

もちろん、生徒によって語彙や知識は千差万別なので、この通りにすれば絶対にうまくいくわけではありません。ひとつの指導方法として、何かのご参考になればと思います。

それでは♨